レディファーストってそこまで絶対なの?

木村拓哉さんがレッドカーペットで杉咲花さんをエスコートしなかったことが騒ぎになっている
これについて早稲田大学教授の橋本一径氏が苦言を呈しそれに一部の木村さんのファンが異議を唱える形になっている
 

 

 
 
しかしここで僕は別の視点で考える
 
皆がレディファーストはするべきものだという前提で考えているが
 
そもそもエスコートってしないといけないものなの?
 
 
いや勿論僕もジェンダー主義の部分は何だかんだ色濃く持っているからその方がしっくりくるし美徳に感じるし絵図ら的にも良いことは分る、でもどこかに反発心があるのです
 
というのは結局今の世の中って男性にのみ気遣いを求めていますよね?だって男性が女性に少しでもジェンダー的な依存心を持つと男女不平等だ!女性蔑視だ!となる、なのに男性には当然の様にレディファーストを求める、これってどうなのでしょう?
 
 弱者(女性)を守るのは当然のことだといいますがレディファーストって相当に過保護で現実的には必要ないですよね?別に女性を先に行かせなくてもドアまで開けてやら無くても全く困りません、お年寄りや身体障害者を気遣うのとは話が違います、そりゃあ重いものは力のある男性がもってあげればいいですが過剰にサービスを求めるのはどうなのでしょう?若くて健康体の女性を身体障害者やお年寄りと同列に扱うのは合理性にかけますつまりレディファーストは弱者を守るは建前でシキタリというか男女の立ち位置を明確化し束縛するジェンダー装置としてあるのです、でそのジェンダー装置は女性に向けられると性差別だと非難される…
 
でもだからといって「レディファーストは男性差別だ!」なんてヒステリックなことはあまり言いたくありません。やはりそれは興がそがれるというか女性からしても「何んだかな」という思いになると思います、でも今の時勢にあまり厚かましく一方的に求めるのもどうかと思います、やはりそれは男性の好意にまかせるべきで、やらないと批判されるまでいくと行き過ぎではないでしょうか?
それと女性の立場からもあまり平等平等といってほしくありません、例えば人工知能学会誌の表紙の絵が女性型のロボットが掃除をしているものでこれが女性蔑視だと批判されました↓

要するに「こういう都合のいい女性像を、無邪気に表現している(それで良いのかどうか考えるキッカケすらないという)男性社会」を問題にしているわけですよね。(略)こういう「イメージ」が氾濫してると、「結局オトコが嫁(ニアイコール妻)に求めるものって、セックスまで面倒見てくれる母親なワケ??」と、あらぬ誤解を受けることになるので、男性にとっても不利だと思いますよ。

 

要するに「男の面倒をなぜ女性が見ないといけないのか?不平等だ」とか「女性を召使の様に見ている」というものです、でも世話されたいというのは女性蔑視と言うより男性の甘えなのですよね、見下しているのではなく甘えているのです、家事が均等に分担されないのは不公平かもしれませんが別の部分で女性も男性にジェンダー的な依存心を持っています、デート代を払ってほしかったりエスコートされたかったりと。あまり平等を主張すると互いに依存しあう楽しみが失われてしまいます、しかし最近の風潮として男性だけが女性へ依存心を咎められます、そういうのを見ているとレディファーストは女性が喜ぶからやってあげたいという気持ちはありつつもどこか反発心を抱いてしまいます

 
要するに僕が言いたいのは
 
男は女に甘えてはいけないのか?一方的に気遣いとサービスを求められないといけないの?ということ
 
 
現行の風潮は男性が少しでも女性にジェンダー的な依存心をもつと女性蔑視だ不平等だと批判される、なのに男性から女性へのサービスは当然のごとく求められる(やらなければ非難される)
 
これ逆で考えてみてくださいよ、例えば3歩下がるという価値観から女性が男性の前を歩いて批判されたらフェミニズムは黙ってないですよね?なのに女性をエスコートしなかっただけで何でこんなに非難されないといけないの?
 
 
それともう一点。
女性が男性をエスコートしてはいけないのか?
という疑問があります
 
僕はジェンダー主義ですが別に女が働いて男が家庭に入る関係があってもいいと思います、また。女性に料理を作ってほしいと思っていても別に男である自分が女性に振舞うことがってもいいと思います、要はジェンダー主義的な感性を持ちつつもそんなに強固ではないのですなので女性が男性に保護的になることがあってもいいと思うのです例えば女性が母性的に椅子を引いてくれたりしたら実は男性もうれしかったりします最初は戸惑うかもしれませんがそれは植えつけられたイメージの問題で社会がそういった男性像を許してくれるなら慣れると思うのです
男性って労わってもらえる事が本当に無いですよね?
男性が癒しを求めては駄目なのでしょうか?何というかレディファーストって鉄壁で男性が女性に保護的でなければいけず男性が癒しを求める余地がないのですたまには女性が男性に包容力を持つことがあってもいいと思うのですがこのシキタリは明確に男女の立ち居地が固定されていますよね、もう少しお互いに思いやりを持つ気持ちと癒される立場がシェアされてもいいと思うのです、男性だって女性が世話をやいてくれたらうれしいものですよ?レストランでも良い席は必ず女性に譲り男性は我慢を強いられます、まあ我慢というのは大げさな言い方ですが男性ばかりがあまりに一方的に鉄壁に女性を気遣って愛を示さないといけないと決められていないでしょうか?そういう男性像に疲れてしまっている男性は多いと思います
 
 
 最後に木村さんは紳士的で女性に気配りが出来る人でレディファーストな場面をTVで何度も見たことがあります、男性にも親切にしているのを見て好感を持った覚えがあります、その様な人でも少し気が付かなかっただけで一部分だけ切り取ってこんなに非難されるのをみて「それほどまでに男の役割は絶対なのか」と改めて社会の男性性への時御代錯誤や無理解にに打ちのめされました
…まあ花ちゃんはまだ子供だしエスコートしてあげるべきだと思いますが多分大人の女性であっても同じ反応だったと思うのです
 
愛される立場って女性の専売特許なのかなあ…ちょっと疲れます、男性も少しは声を上げていきません?
別に私は女性を喜ばすことは吝かではありませんよ?でもちょっと一方的過ぎないですか?これだけ男女平等が叫ばれる時代に…
私もレディファーストはしますよ?でもジレンマもあるのです